終わることない夢を見たい。

 SixTONESが3日後にCDデビューする。

これまでの松村北斗くんとSixTONESのことを、自分なりにブログに残したいと思い、開いたはてブのページ。

しかし…   書き出しの言葉が思い浮かびません。

 

 

 

 

 

 

だからもう、このまま公開します。

 

 

わたしの観てきた

松村北斗SixTONES/ジャニーズJr.)くん

についてです。とても長いです。(15000字だってさ!)

 

 

 

 第0章 集合と解体

  • 2012年4月

初めて松村北斗くんを、はっきりと認識したのは、私立バカレア高校のドラマだった。キスマイの主題歌を聞きたくて、ドラマを観てたらかっこいい顔した子がいるな〜、ドラマの二番手役の子好きだな〜と思って観てた。主題歌目当てだったのにいつの間にか浅田哲也(松村北斗くんの役)にどっぷりハマり、毎週楽しみにしていた。高校生の吸引力ってすごい。

森本慎太郎くん、京本大我くん、田中樹くん、ルイスジェシーくん、高地優吾くん。北斗くんはもちろんカッコいいけど、6人まるっと素敵だな、と思っていた。

 

 

  • 2012年9月

バカレア組による2日間だけのSUMMARY。元々、夏にやってたサマリーのセットをそのまま借りて2日間3公演だけできた夢みたいなコンサート。雑誌には「6人でコンサートができるんだよ!」「ちゃんと出来たらグループ名もらえるかな?」「ご褒美だね」なんて嬉しそうに話してる6人の対談が載っていた。出演Jr.はバカレア組以外にも、セクボ(じぐいわ達)とか、萩安(萩谷・安井)とかいた。けど、バカレア6人がメインだった。今じゃ考えられないけど、MCがまあーーーー盛り上がらなかったんだよね。その頃みんなカッコつけてる時期で、笑いとるなんて考えなかったんだろう。バカレアだけじゃ盛り上がらないから、萩安も出てきてもらって、みんなでバカレア映画の宣伝してた。

でも、6人がとっても光っていて、輝いていて、「すぐにデビューとは言わないけど、6人でグループになったらいいな。そしたら、応援するのにな」って思った。ジェシー以外は、そんなこと思ってなかったらしいけどね。

 

あと、この頃、黒の女教師のドラマしたり、その後Pieceのドラマ出たり、演技仕事が絶えなかった北斗くん。演技好きなんだろうな、というのは感じていた。

 

 

  • 2012年12月

「フレッシュJr.コンサートin横浜アリーナ」が開催された。メインはまた、バカレア組と呼ばれる6人だった。6人で歌ったり、3人に分かれて歌ったり、北斗くんはソロで「Think u x」を歌ったりしていた。当時Jr.内にはグループはほとんどなくて、何となくのくくりだったけど、バカレア組は出番が多かった。MCでも、マイクを持って話していた。

中でも、その日1番の歓声は6人で歌ったHairだったという記憶。当時、オラオラカッコつけたパフォーマンスで売っていたバカレア6人にはぴったりだった。少年倶楽部で披露してくれるといいな、と毎週楽しみにしていた。結局、Hairを披露しないまま、6人は解体したんだけどね。

 

 

  • 2013年春

春から行われるシアタークリアでのJr.の公演。バカレア6人でやると発表されていた公演の半分を北斗くんとジェシーくん、残りの半分を4人とnoon boysですることになった。当時は、チケット申込み段階でチケット代振り込む制度だったから、バカレア公演に既に振り込みした人もいて、「自担でないのに振り込みしたんだけど!」「振り込みしてから出演者変更?!」ってファンは怒ってたし、わたしも怒った。

もちろん怒ったところで、6人に戻るわけもなく、ここから6人は、それぞれの道に分かれていきました。2人でのクリエ公演は、フレッシュJr.コンサートでやった曲も多かったけど、ソロもあって、大人っぽいコンサートだった。ジェシーは圧倒的に歌が上手かった。北斗くんは、なんか、まあ、色んな曲に挑戦してた。

ほくジェというのは、クリエで、本人たちがC&Rの時に発したところから生まれた名前だった。そこから、北斗くんとジェシーくんは、ドラマや雑誌によく出るようになった。Myojoで連載始まった。でも、当時の雑誌では「いろんなユニット組んできたけど、その中の一つ」ってことも言っていて、二人の関係はビジネスパートナーに見えた。

 

 

  • 2014年1月

12月から始まっていたジャニーズ2020ワールドのポスターに、バカレア6人バラバラに写真が載っていたのに、幕が上がると誰もいなかった。当時のJr.はそんな扱いだった。パンフレットにも載っていたのに不在。12月の中旬くらいに、「トニワ(舞台の略称)にジェシーがいる!」という情報がツイッターに流れた。そこからは出たり出なかったり、ジェシーは日替わり出演になった。

1月からSHARKのドラマがあるから北斗くんは出ないと噂されてたけど、1月になったら突然「北斗くん観劇」の情報が流れ、翌日には「北斗くん出演」の情報が流れてきた。1月下旬のチケットを持っていた私は、祈りながら帝劇の椅子に座っていた。そして、いた。真っ赤なスーツで、一生懸命Not Enoughを踊る北斗くんがいた。後にも先にも、あんなに「北斗くん出てきて!」と祈った帝劇はない。

 

 

  • 2014年2月

ガムシャラJ's Partyが始まった。毎月Jr.がEXシアターでコンサートをするという企画。第2次Jr.黄金期、というキャッチフレーズだった。初めてのスタンディングの会場でのコンサートは出演する側もファンも手探りだった。初回は今みたいな階段も、外周も、バクステもなかった。セクゾの力も借りた。北斗くんはソロ曲もあったけど、ジェシーよりはやっぱり出番少なかった。菊池風磨のバックでrougeを踊っているのを見て震えたのは覚えている。

テレ朝での番組ガムシャラ!も始まった。北斗くんの立ち位置は、やっぱりジェシーのシンメだったし、ソロコーナー「ほくほく北斗」もできた。ロケとかも行ったね。数を追うごとに毒舌キャラにもなったね。

 

 

  • 2014年春

クリエがあったけど、行けなかったので、記憶は薄い。ジェシーは他のJr.と組んでて、北斗くんはバカレア4人に吸収されていた。少年倶楽部も、後ろではないけど、前ではなかった。干されてはないけど、推されてもいない。同世代の中の、少し前の方。

5月のガムシャラJ's Party vol.4で、バカレア6人が揃った。行けてないからCSの放送で見た。相変わらずジェシーはセンターだった。けど、バカレア時代に持ち曲のように歌っていたShake It UpとLe cielを歌ったときは6人だけだった。少し大人になった6人だった。

 

 

  • 2014年夏

ガムシャラSexy夏祭り。チーム羅のリーダー北斗くん。メンバーは田中樹、京本大我森本慎太郎、と、諸星翔希。大好きなバカレアから4人。ただ、ジェシーはチーム我のリーダーとして別チームだった。チーム羅は同世代の集まりだったから、もともと仲良くて練習もめっちゃしてたみたいだし、優勝した。リーダーとして初めての夏。お疲れさま。

そして、その後、私は突然「北斗担になる!」って言ってJr.担になった。ここまで長い文章書いといて、北斗担じゃない?って思うと思うけど、自分の中での担降りはこの時だった。黄色い衣装で縄回したり、精いっぱいのセクシーをぶつけて歌ったりする北斗くんのことを1番にしようと思った。私の中の担当の概念は「1番時間とお金を使う対象」なので、1番に格上げしたわけです。ブログも書いたし、宣言もした。恥ずかしいから消したけど。(このブログも十分恥ずかしい)「バカレアがデビューしたら北斗担になる」「せめて、バカレアがグループになったら降りる」と言ってたくせに、グループ結成前の不安定なJr.担になった。でも、それくらい、魅力的なアイドルだった。

 

 

  • 2014年秋

Myojoできょもほくが対談して、5月にShake It Upを歌った話をするんだけど「6人に未練はなくなった(京本)」「それぞれ成長してるから、なんか違った(北斗)」っていうんだよね。雑誌観た瞬間、マジか…って呟いて、北斗担の友人と愚痴りあった。今でも「恐怖のきょもほく対談」って呼んでるくらい衝撃の記事だった。この2か月後くらいにはグループ結成してたんでしょ?なんだよ!って思うけど、そんなこと知らないファンとしては「バカレアが揃うことはないんだろうな」と諦めかけていた。

 

 

  • 2014年12月

ガムシャラJ's Party Vol.6。夏ぶりにEXシアターにJr.が戻ってきた。メンバーはバカレア6人とじぐいわ岸(Prince)だった。バカレア時代に歌ってた曲をいっぱい歌ったみたいで、セトリ見てるだけで嬉しかった。1月もぜひこのメンバーで!って思っていたけど、ジェシーは推されまくっていたから、松竹座の関西公演に出たり、1月からの帝劇出演も決まっていた。きょもほく対談のこともあるし、12月1回だけなのかな?たまたまかな?っと思うことにしていた。

が!実は!この12月公演の前に、「もう1回6人でやりたい」って社長に言いに行ったんだよね?で、グループ名ももらったんだよね。それを知るのは2019年秋のYouTube。言ってよ!早く!!4年も隠しとかないでよ!どれだけ口が固い人達なんだろうか…   でも、白紙にならず、本当に良かった。

 

 

  • 2015年1月

ガムシャラJ's Party Vol.7は6公演あって、そのうち3公演はジェシー以外の5人に任された。残りの3公演は松島聡くん、松田元太くん、松倉海斗くんと9人の公演。5人の公演は、北斗くんはソロが2回もあった。めちゃくちゃ楽しくて、「やっぱり北斗くんの周りにはこの人達がいい」と思った。けど、チケットが余ってた。人気がないわけじゃないと思ってたけど、現実は厳しかった。今じゃ考えられないよね、EXが埋まってないなんて。そんな時代もあったね、と笑えるようになってよかった。

残り2公演残ったところで、北斗くんが急遽休演になった。体調不良で、昼公演は出てたのに夜は不在。看板で知らされたらしい。そんな時代。

この頃はまだCS放送あって、舞台裏で5人が円陣を組む時「ジェシーいないけど頑張ろうよ」「物足りないって思われないように」って言いあうのが放送された。12月にグループ結成をしているとすれば、出て当たり前の言葉だけど、こちらは「6人に未練がない」と言われた対談で時が止まってるので、6人に希望をもっていいのか?!と混乱した。

この頃、雑誌で6人で載ることがあったり、少年倶楽部で6人で歌うようになったりしていた。1月のHELL NOは「6人の時計が動いた」と見ていて涙が出た。少しでも6人揃っていたらテレビや雑誌に感謝の手紙も、次へのお願いの手紙も出した。メールもした。とにかく6人が揃っている姿を見たかった。北斗くんのそばにはあの5人にどうしてもいてほしかった。バカレア組を疎ましく思う人がいたのも知ってる。でも、ごめん、6人が良いんだって必死に声をあげていた。私が一番要望を頑張ったのはこの時期だと思う。

 

 

第1章 再集合

  • 2015年5月

ようやく「あの日」がやってくる。春の定番、クリエ公演。公演メンバーに京本くんの名前はなかったけど、エリザベートの稽古の合間を縫って、出られる公演には出てきていた。

5/1の夕方、TLに喜びの呟きと「シックストーンズ」って単語がいっぱい並んでた。「何て呼ぶのかな?」「シクスト?」「シクトン?」「豚じゃんwww」って友人と笑った。その場にいられなかったことは少し悲しかったけど、でも、念願の「ご褒美」がようやくもらえたのが嬉しかった。ようやくスタートラインに立てた。

わたしは、「あの日」から3日後の5/4にシアタークリエに行けて、グループ名をもらってから初めて6人を観た。今までと変わらないかっこよさと、でも、もうずっと一緒にいられる証のグループ名をもらったことで、頼もしさを感じるコンサート。

SixTONESクリエのラスト公演だったのでダブルアンコールで出てきてくれて、最後に緞帳の前で挨拶をしてくれた。客席から「あれやって!あれやって!」っていう声が上がり、照れながら手を繋いだ6人。「俺たちが〜?シックストーーーンズ!」って手を挙げた姿は忘れられない。銀テープが出る真似もしてた。

メンバーのいう、ファンが少なかったというのはここから1〜2年のことだと思う。たしかにクリエの当日券の枚数はこの年も、翌年も全グループの中で、中の上くらいの位置だった。本人達がそんなにこだわってて、そんなに気にしてたなんて、全然知らなかったけど。

  

 

  • 2015年8月

夏のEXシアターに合わせてキンプリが結成された。EXシアターの公演「Summer Station」ではメンバーがチーム我とチーム羅に分かれて、バスケとダブルダッチの対決。お互いの最終公演は泣きながら称え合い、京本大我くんは舞台の合間を縫って応援に来てくれた。

MCポジションの真田佑馬くんが「お前たち、グループなんだろ」って言ってくれて、6人が横並びになった。結成のクリエ公演は6人を好きな人しか集まってなかったけど、EXは色んなファンがいて、そんな中で6人を紹介して、グループ名を言って並ばせてくれた。

松島聡くんのソロ曲で、舞台裏でJr.達と撮った写真が毎日流れるんだけど、その日は6人と聡くんで写真を撮ってて、SixTONESって書いてあった。ほんとにグループ名もらえたんだな、って実感湧いたのはこの頃な気がする。同じグループなのに、対決しなきゃいけない夏は少しつらかった。でも、そういう熱い人達のいるグループってことが、やっぱり好きだった。

 メンバーカラーが決まったのもこの頃。バカレア組の時には勝手に青のつもりだったけど、その後転々として、自ら「黒が良い!」と言ったのがMyojoに載っていた。

 

 

  • 2015年秋

初年の少年たちの秋。

群舞とか、これまでSixTONESがしてたイメージなくて、でも冒頭の時の彼方で踊ってるSixTONESを観て「SixTONES、揃って踊ってるじゃん…」って感動した。

初めてのオリジナル曲「この星のHIKARI」は、今でもあの、日生劇場での青いジャケットから着替えて、白ジャケット着る演出を超えるものはないと思ってる。それくらい好きな演出。今ではコンサート定番曲だけど、元々は劇中歌だったんだよな…

ジェシーが死んだり、戦争シーンがあったり、往年の少年たちファンからは色々言われてたけど、私はこれしか知らないからこれが好き!って思ってた。

BE CRAZYも嬉しかったな。とても「SixTONESらしい」曲だった。この星とビークレというオリジナル曲を一気にもらえて嬉しかった。

 

 

  • 2015〜16年冬

最近冬には帝劇で公演をしてるジャニーズだけど「どうせうちのグループは出ないでしょ」って言ってたら、まさかの先輩グループのぽろり発言で出演決定してたこと知った。

抑えてたチケットでなんとか入ったけど、その頃北斗くんは足を負傷して出演場面が減ってました。つくづく帝劇に好かれない。最終的には全編出られたらしいけど、観てないから、ちょっぴり寂しい思い出の冬。「SixTONESが苦手だったけど、怪我してサポートしてもらってからメンバーのありがたさを感じた」と雑誌で言ってたのは、この後。

帝劇でバスケとダブルダッチさせてもらったのは嬉しかったね。翌年以降もオリンピックパートの恒例の演目にもなったしね。

この年のカウコンは、年齢的にはみんな出られるのに、6人とも出なかった。

 

 

  • 2016年春

冬が終われば次はクリエかな?と思ってたら、まさかのSexy Zoneのバックについた。バックで踊る北斗くんはかっこよかったし、セクゾ曲を踊ることって今までなかったから新鮮だった。オリジナル曲を披露させてもらえて、バックについてる、ゆごほく慎樹4人で歌うBE CRAZYは感動したなー。アリーナ規模でも全然引けを取らないパフォーマンスだったし、2人足りなくてもかっこよかった。でも、でも、いつもと何か足りないなと思って考えたら北斗くんの声をほとんど聴いてなかった。コンサートに行ったのに、踊る姿はたくさん観たのに、歌声あんまり聴けなかった。あー、バックにつくってこういうことか、とJr.担の洗礼を受けた。

 

と、思わぬ春を過ごしていたら、SixTONESにクリエの公演。結成して1年ぶりのクリエ公演。6人としては、初めてのクリエ公演。

めちゃくちゃ楽しかった。その時のオリジナル曲はこの星のHIKARIとBE CRAZYしかなかったんだけど、その2曲を最初に歌うというある意味、暴挙。3曲目はこの時初披露したオリジナル曲で、本人達による編曲と作詞による通称「ドロスト」

セトリがあらかた決まっていたところで、京本くんが最初から全部変えよう案を出し、急ピッチで作り直したという話が後から出てきたんだけど、その対応力すごいし、それに踏み切った決断力もすごい。

「デビューコンみたいにしたかった」と話していた通り最初にオリジナル曲をドカンと持ってきて、そこから先輩曲を繋いでいく。今までやってきた曲も初披露曲も、コンビ曲もソロ曲も混ぜながら。アンコールの一曲目だって、ガシガシ踊る。アンコールなのに、踊る。

手を振りながら可愛い曲をするのがアイドルなのかもしれないけど、私の好きな、追っかけてるアイドルはギラギラしてた。これでいいんだ、このグループについて行きたいと思ったコンサートだった。

 

 

  • 2016年夏

ようやく訪れた夏はやっぱりEXシアター。去年と違うのは、グループがバラバラにならず、グループ同士での対戦だったこと。永瀬廉くんとTravisJapanとSixTONESの組み合わせは、なかなかそれまで絡んでなかったので新鮮な並びだった。

パフォーマンスバトルはあったけど、その勝敗はアンコールの曲が決まるというもので、前年までの順位を決めたバトルとは少し違ったので、気楽だった。

SixTONESは、ダンスの得意なTravis Japanとの公演だったので、お互い見せ方が違ってて、ジャニーズJr.は面白いなと思う夏だった。SixTONESのパフォーマンスはEX全体を巻き込む感じで、もっともっと広い会場で見たいとも思った。EXは何度も行った会場だけど、6人が揃ってて笑顔で、横一列にいることを見られることは幸せだった。MC中、北斗くんはSixTONESとあまり話をしてなかったし、楽屋も一緒にいなかった、って言っていた。

風磨のソロコンのバックについたのもこの夏。

 

 

  • 2016年秋

2年目の秋は少年たち〜危機一髪〜

前年は、関西Jr.3人と、東京Jr.何人かが出てたけど、この年は2幕にHiHi Jetとマリウスが出ただけでほぼスノスト12人だった。看守長がエア(声のあおい輝彦さん)になったのもこの年から。

脱獄がなくなる、約束の歌を歌う、茜空が披露される、良くも悪くも一年目とは違った。でも、SixTONESが「舞台」に慣れ、堂々とSnowManと戦えるようになっていた。

そして、北斗くんの約束の歌が大好きで、だけど、聴くと胸が苦しくて、2年目の少年たちは胸がいっぱいになる少年たちでした。

もらった曲はIN THE STORM。衣装はデニム。北斗くんの歌割り少ないけど、ギラギラ感がビークレよりもあって好きだった。

 9月には映画バニラボーイが公開された。結成のころに撮影話が出てたから、公開まで1年以上経ってた。久しぶりに演技する北斗くんの映像観て、俳優業頑張ってほしいなと思ってた。

 

 

  • 2016〜17年冬

その年の冬はジャニーズオールスターアイランド!先輩方がガチャでやってくる、伝説の舞台。今思うと、ぶっ飛んでる企画だよなー。

全くチケット当たらなくて、毎日Twitterのレポ読んで一喜一憂してた。自分が入った公演のゲストは村上君と松岡君でトークしてたんだけど、「バスケすごかったよね」ってSixTONESのバスケを褒めてくれたのを聞けて心の中でガッツポーズした。

 

 

  • 2017年2月

SixTONESと関西Jr.4人との東西SHOW合戦。歌あり、踊りあり、コントあり。めっちゃ笑った。 SixTONES6人のこと面白い人たちだと思っていたけど、関西4人も面白くて、ひたすら笑った。けど、歌になったらSixTONESの存在感に圧倒された。SixTONESの名刺代わりだった「Amaizing!!!!!!」をもらったのはこの時。歌詞がSixTONESのためのものだったし、 胡坐から始まるダンスもインパクトあった。ギラギラしたかっこよさが、SixTONESの武器になった。揃わないダンスももはや武器になった。新橋演舞場にバスケットゴールが立っていたのは衝撃あったな。

この東西SHOW合戦は、松竹さん側から「SixTONESおもしろいから演舞場で何かやりましょう」って言ってもらえて実現したっていう話を雑誌で読んで、見てくれる人はちゃんと見てくれてるんだなって思った。同時に、この頃いろいろ言われて、でも、新橋演舞場で観る6人はめちゃめちゃかっこよくて、オタクのスタンスとして「自分の目で見たものだけを信じる」ってことを決めた。

 

 

  • 2017年春

Jr.祭りin横アリ、たまアリ、城ホ。メンバーは全Jr.。キンプリから、スノストラブトラ、Hi美・・・。Jr.みんなで切磋琢磨しあって盛り上がってるのが楽しかった。SixTONESのAmaizing!!!!!!で、他のグループのファンからも歓声上がってたのは嬉しかった。

ただ、この頃のJr.最前列にはMr.KINGがいた。絶対的センターだったし、コメントを求められるのもMr.KINGだった。悔しいとも思うけど、このグループを超えない限り前には出られない。でも、なかなかデビューしそうもない。とてつもない閉塞感がJr.界隈を漂っていた。楽しい時期だった、それぞれ武器もってMr.KINGの後ろから虎視眈々とその座を狙う感じ。でも、KINGはやっぱりKINGだった。

 

 

  • 2017年夏

KINGの名前の付いたEXシアターの夏コンサート。通称「キントレ」は、初めてSixTONESの単独公演があった。鎖巻いて椅子に座ってIN THE STORM歌いながら出てきたときには、目を見開いた。スモーク焚きすぎでメンバー見えないし。テーマは「光と音を取り返す」というもの。オリジナル曲も、カバー曲も混ぜながらEXシアターで初の単独。

SixTONESの6人しか出てこないコンサートだった。やりたいことが少しずつ許可してもらえて、できるようになってる感じがわかった。映像とか、光の演出とか、もっと広い会場で観たいな、アリーナで観たいなと思ったのはこの頃からだった。演出面で北斗くんが意見をたくさん出したと聞いた時、センスいいなと思った。

 

単独の後には、Snow Manとの合同公演もあった。SixTONESのコーナーは単独コンサートでやった曲を中心に、合同コーナーは全グループ共通曲を中心に歌っていた。初年の少年たちの時は半歩後ろにいたSixTONESだけど、3年目の秋に向けて横に並べるまでに成長していた。MCで喋りすぎて、ファンに怒られないかヒヤヒヤした。本人たちが2組まとめて「スノーンズって呼んで」「拡散して」って言ってたのに、いつの間にかスノストで定着したのも懐かしい。

 

 

  • 2017年秋

3年目の秋は長かった。少年たち~Born Tomorrow。9月はいつも通り日生劇場、10月は「少年たちLIVE」として地方公演、10月末から11月中旬は大阪松竹座。スノスト12人だけでやり切った。ストーリーは昨年の少年たちをブラッシュアップした感じで、バスケも追加されていた。刑期満了で出所すること、ジェシーが戦場へ行くことはスノスト少年たちのオリジナルストーリーとしてしっかり定着した。

地方公演では地元にスノストがやってきた。初めて「仕事帰りに北斗くんを見る」という体験をした。夢みたいだったけど、いつも通りかっこいい北斗くんだった。

松竹座ではオープニングがショータイム始まりに変わって、曲もガチャになった。関西圏の方にもたくさん見ていただいたようで、関西担の友達から「いつもの松竹座と違う」と言われたのは、誉め言葉として受け取っておいた。

11月にはベストアーティストに中丸くんと出演した。地上波、しかも、バックではなく横並びで出られることが嬉しくて、緊張しながら見ていた。いかつさが売りだから、ヤンキーミッションクリアしていくっていう演出で、きちんと1つずつ台本通りにクリアしていく優等生SixTONESだった。

 

 

  • 2017〜18年冬

初めて出られたカウントダウンコンサートはこの年だった。放送前に1曲だけ、Amaizing!!!!!!を歌わせてもらえた。東京ドームで胡坐を組むジャニーズJr.6人。放送中は東山さんのバックに出てきた。放送後のあいさつで司会の先輩に「Jr.もありがとう。シックストーンズとか。」って言われて、慌ててマイク無しで「ストーンズです!」訂正していた。

元旦からはJohnnys' Happy New Years Islandが始まった。1幕はこれまでのジャニワ・ジャニアイのダイジェストのような感じで、2幕は東山さんプロデュースで「踊れる奴、歌える奴が出番多い」っていう弱肉強食っぷりだった。これまでの冬の帝劇で一番好きだったSixTONESとしても、北斗くんとしても、決して出番が多いわけではないけれど、適材適所それぞれのJr.が役割果たして舞台を盛り上げている感じがした。

舞台の途中にキンプリのデビューが決まった。絶対的エースが抜ける。Jr.の中に風穴が空いた気がした。ただ、SixTONESが前に出られるなんて全く思えなくて、きっとHiHiや美少年が推されていくから、その合間を縫ってSixTONESが一歩でも前に出られたらいいなとは思っていた。

 

 

  • 2018年春

ジャニーズJr.でYoutubeが始まった。Youtubeなんて安売りしないで、 といっていた自分、マジで世間知らずだった。SixTONESにとって重要コンテンツになった。それまでのSixTONESの魅力って「個性」って言ってたんだけど、個性が魅力ってつまりこれと言って売りがないってことなんじゃ?と思っていた。でも、Youtube始まって、SixTONESの魅力はYoutubeみてくれ、って胸張って言えるようになった。ネット社会に感謝。

2月にはJr.の城ホでのコンサート、3月には横アリでのコンサートがあった。初めて個人うちわが発売された。

合同とは別に各グループ1公演だけ単独横アリ公演があった。新曲「Jungle」始まる、柵から出てくる6人。初めてSixTONESが単独で横アリに立ったのを見たとき「これが見たかった」と涙が出た。2012年のフレッシュJr.コンサートとは段違いにかっこよかった。いつも日生やEXシアターで聞いていた曲たちが、アリーナクラスになるとこんな風に聞こえるんだな。やっぱりSixTONESにはアリーナが似合っていた。またここに戻ってきたかった。

映画「坂道のアポロン」公開もこの時期。出演時間は短かったのに、宣伝にたくさん出させてもらった。演技仕事が続くといいな、と思った。東海ウォーカーの連載も決まった。ソロ仕事の宣伝がたくさんあってわくわくした。

 

  • 2018年夏

EXシアターを卒業し、TDCで「Summer Paradise」オープニングとエンディングは全グループ共通だったんだけど、SixTONESコーナーになってからはSixTONESらしさ全開だった。それぞれがやりたいソロ曲をやって、やりたい曲やって、暑くて熱い夏だった。個人的な事情で前半オーラス(追加公演の前)までコンサートに行けなくて、なかなかこない夏にモヤモヤしてたけど、SixTONESと過ごす夏は楽しかった。TDCに6人だけで立つのを見たのは、よく考えたらSAMMARYぶりで、ちょうど入った公演でバカレアの頃は…って話も出て、エモーーーい!って震えた。

 

 

  •  2018年秋

地方公演までやったし、もうないだろうと思っていたら「少年たち」の秋が来た。この年は、美少年の岩崎くんと少年忍者が一緒に出ていた。世代交代かな、と思って観ていた。出所してからのストーリーがしっかりしていて、北斗くんは深澤くんと影絵をしていた。4年目の12人は全員が頼もしくなっていた。

そして、ある日突然流れてきた「ジャニーズをデジタルに放つ新世代」の品川駅の広告。YouTubeの広告に選ばれたことが朝のニュースで流れていた。ジャニーズJr.チャンネルのアーティストプロモ決定の瞬間の動画は、メンバーと同じテンションで喜んだ。CD出していないのにMVが出来た。フェスに出た。Youtubeの生配信も出来た。雑誌の表紙もこの頃からいっぱい飾った。風向きが変わってきた。SixTONESには追い風が吹いていた。この頃は「デビューって何なんだろう」って何度も考えていた。わたしも、きっとSixTONESも。CD出なくたってこんなに仕事あるのに、ジャニーズJr.の肩書は消えないんだな、と。

 

 

  • 2018〜19年冬

カウコンは放送前にJAPONICA STYLEを歌った。MVのおかげで客席が「この曲知ってる~」って雰囲気になったのは嬉しかった。

冬の帝劇「Johnnys' King&Prince Island」はデビューしたキンプリがメインだった。デビューしたキンプリは、より一層オーラ強くなっていた。SixTONESはオリジナル曲歌わせてもらったり、フライングしたりしてた。

 

 

  • 2019年春

SixTONESは横アリで7公演、城ホで3公演。さらに追加で宮城で2公演の「CHENGE THE ERA-20ix-」をやった。前年よりもっと「SixTONESのやりたいこと」が詰まっていた。オリジナル曲はほぼ全部歌った。オープニングはHysteriaで世界にどっぷり引き込んだ。北斗くんのソロ「みはり」は毎回最後で一瞬息を止めてみていた。新曲「Rollin’」で終わるのも、バラードでしんみり締めない、最後までテンション高くいくSixTONESらしくてよかった。

火も出た。花も舞った。毎公演銀テープが飛んだ。でも、MCはEXでべらべら喋っていた頃と何にも変わってないグダグダ感だった。遠くて近い、でもやっぱり遠いなと感じた。嬉しいことだけど。長く続いた、楽しい春だった。

3月末に「映画少年たち」が公開された。4年間してきた舞台の映画化。ストーリーは舞台とは全然違ったけど、演技する北斗くんがたくさん見られる映画だった。スノスト関西みんなで1つの作品を作っていて、この時代に映画化してもらえてよかったなと思った。

ドラマ「パーフェクトワールド」の出演もあった。久しぶりの連ドラ。毎週演技する北斗くん。難しい役どころをしっかり演じているという世間の評価を受けていて誇らしかった。

 

 

  • 2019年8月8日

いよいよやってきた。

ジャニーズJr.8.8祭り~東京ドームから始まる~ 始まる前から、異様な緊張感が襲ってきた、わたしに。オープニング始まっても、なかなかSixTONESが出てこなかった。MCタイムも、神妙な顔つきで告知をしていく6人を見て、胃が痛くなった。デビューの言葉を聞いた時は、隣にいた友人と抱き合いながら「報われるね」って言った。ちゃんと評価してくれる大人がそばにいてくれたことが嬉しかった。ようやく聞けたデビューという言葉は東京ドームでだった。SixTONESはあんまり笑ってなくて、しっかり前を見ていた。デビューすることは、ずっと6人でいることの証だから、もうバラバラにならないことに安心した。

翌日にはSixTONESYoutubeで生配信をした。デビュー決定より先にジャニーズJr.チャンネルを卒業決定していたってことは、デビューしてなくてもSixTONESの力を信じてくれる、推してくれてる大人がいることを感じた。

 

 

  • 2019年9月

5年目の少年たち。本人たちが最後というので、最後だったのでしょう。去年までと違いすぎた。北斗くんのRAM-PAM-PAM衣装がかわいいのと、祈りがかっこよかった。以上。(詳しくはブログをさかのぼっていただけると出てくるけど、愚痴しか書いてないから読まなくていいよ)

 

 

  • 2019年秋

ジャニーズJr.として最後のコンサートツアー「Rough XXXXXX」はこれまでのSixTONESの集大成だった。バカレアの頃に歌っていた曲も、解体していたほくジェ時期に歌っていた曲も、SixTONESになってからの曲も全部詰まっていた。振り付けもほとんどが元のままで、立ち位置もそのままで、ファンサ曲になりつつあったこの星のHIKARIも、BE CRAZYもしっかり踊っていた。EXとかクリエとかで観てた頃のSixTONES思い出してた。アンコール始まって、Shake It Upのイントロが流れたときは、安心して涙が出た。コンサートで泣くの、今年だけでも何回目や。 きっともう歌わないShake It UP。最後に聞かせてくれてありがとう。あのアンコールで、1曲全部やってくれたから、バカレアにもうなんの未練もないです。

 

 

  • 2019年11月

ベストアーティストで初めてデビュー曲をきいた。デビュー曲っぽくないね、と思った。本人たちも言っていた。でも、これがデビュー曲だし、SixTONESがデビューするし、MV公開されてから何度も見ているうちに、テレビやラジオで聴いているうちに馴染んできた。YOSHIKIさん、さすがでした。

 

 

  • 2019年1月

カウコンでは、ついに、放送中にSixTONESが歌った。3度目でようやくつかみ取ったその出番はデビューとともにやってきた。今年はJr.とデビュー組の真ん中の立ち位置だったけど、来年はデビュー組と横並びになるのかと思うと、楽しみが増えた。

1/4から始まったのはデビューツアー「TrackONE IMPACT」だった。1/5に行ったけど、デビュー決まったらこんなに豪華なセットで歌わせてもらえるのか、と終始楽しくて笑ってた。MCもあいかわらずで、デビューするのに何にも変わってなかった。ただ、最後のImtation Rainだけはまた、泣いた。本人たちの言葉がダイレクトにやってきた。北斗くんが語る「SixTONESは最強です」は北斗くんが言うから意味があると思う。北斗くんが嫌いだったり、苦手だったり、ちょっと好きになったりしている間、他の5人はずっと、北斗くんがいつ5人のところに来てもいいように手を広げて待っていてくれたから。そこに飛び込んで、最強です、って言えるようになったんだから、今のSixTONESは最強です。ジャニーズJr.お疲れさまでした。素敵な景色をたくさん、ありがとう。

 

 

 

第2章 デビュー

さて、ここからが、第2章。デビューおめでとう。

そして、ここまで読んでくれた方、ほんとにありがとう。目の疲れは大丈夫ですか?

 

あっという間の約8年。ということで、ここから8年後の2028年の1月22日に向けて一言残しておきます。一言じゃないけど。

 

 

 

 

いま、元気ですか?くしゃっとした目で、笑っていますか?髪は今も黒ですか?パーマはかけていますか?

主演ドラマはしましたか?映画は出ましたか?賞レースにはかかわりましたか?

SixTONESは毎年コンサートをしていますか?シングルは何枚出ましたか?アルバムは何枚ですか?Jr.時代の曲は全部CDになりましたか?

 

 

わたしはデビュー前の2020年1月にいます。まもなく念願のCDデビューです!

ブログのタイトルは、Shake It Upの一節です。終わることない夢、見せてくれてありがとう。

北斗くんのファンになって、「悔しい」も「悲しい」も経験したけど、それよりももっとたくさん「嬉しい」と「楽しい」を経験しました。北斗くんやSixTONESに会いに行くと元気になりました。6人はよく「ファンがグループを作ってくれた」「ファンが俺たちを押してくれている」とファンの力の話をするけど、私はそんなつもりなくて。応援してるっていうのも、ちょっと違って、SixTONESを見ることを楽しんでいます。きっと、他のファンの皆さんは力をくれるファンです。でも、私はファンとして、いろいろやってみて、SixTONESを一緒に楽しむっていうのが一番向いていました。だから、この立ち位置でいさせてください。8年後もSixTONES楽しめていますように。

そして、

6人の笑顔があふれていますように。それを見て、一緒に笑えていますように。